Entry: main  << >>
サクラノ詩 -櫻の森の上を舞う- ネタバレ有り感想

*注意書き*

ネタばれしかしません。
未プレイの方はこちらのネタバレなしの簡易版感想をご覧ください。


また、私は名作と名高き「素晴らしき日々」も、
プロトタイプと呼べそうな「サクラノ詩 -The tear flows because of tenderness.-」も未プレイです。
そのため、他の方より事前知識が一段、いや数段劣ることを前以て述べておきたく存じます。
(『H2O』のみプレイ済みですが、もう何年も前、私がモラトリアム人間だった頃の話です)

逆に言えば、ある程度フラットなところでこの作品を鑑賞できるというか、
純粋に『サクラノ詩』を見つめることが出来るのではないかとも思っています。

あと、これは言い訳なのですが、この作品はかなり長めの仕様ですので、
なんでもかんでもひとつひとつ書いていくとなると終わりが見えないため、
私個人が思ったこと、その中でも、これだけは書いておきたいってことを優先して残します。
なので、零れ落ちていくものも多々あるかとは思いますが、
その点は何卒ご海容くださいますようお願い申し上げます。




OP O wende, wende deinen Lauf Im Tale blüht der Frühling auf!

主人公の父であり世界的画家でもある草薙健一郎の葬儀から話は始まります。
いやぁ、重くない? ヘヴィじゃないですか、出だしから。
こちとら世界的画家って言われても全く予備知識ないんだからさと思ってしまいましたし。
置いてけぼり感がすごく強いです。

主人公の直哉なんかも、十数億の遺産を出来心で放棄する回想が入ってきてなんだこれって。
一回目は断っておく日本人的奥ゆかしさみたいな出来心で突っ撥ねるとかありえないでしょ。
十数億ですよ? 十数億!
宝くじ当てても手に入らない額なのに!

その後、喉から手が出るほど欲しかったと悔いているし……。
なんなんこいつ……。わけ若林だわ……。
と、白けてしまう始末。

無論、本気にしてはいませんでしたけどね。
最低でも三回は確認するシナリオでは無かったか?
という直哉の心情が回想に挿入されていたため、
これには何か裏があり、シナリオと言うからには筋書があって、
寸劇なのだろうと察しはつきました。

しかしながら、これは後にも言及することにもなるのですが、
こちらにはその背景が明示されない以上、わけのわからん主人公像が拭えないのですよ。
続きが気になって前のめりになるより、なんだこれと一歩引いてしまう人の方が多いのでは。

まして最序盤です。
ここら一帯の不親切な設計から、つまらんと判じて、ドロップアウトしかねません。
少なくとも私は、結構危うかったと思います。
折角買ったのだし、といったケチくさい性根をしていなければ、きっと頓挫していたことでしょう。


で、まあ、直哉は天涯孤独となったことから、
親戚(でいいですよね?)の夏目藍先生から夏目家に来ないかと誘われ、ご厄介になることに。

その後、親友の夏目圭、彼の妹である夏目雫、美術部元部長の明石、
現部長の鳥谷真琴辺りの紹介を交えながら話は進む中、
六年前に転校した幼馴染の美少女が戻ってきたところでOPが流れます。




「櫻ノ詩」

いい曲ですね。はなさんの歌声もいい。
ニコ動で有名になるよりも前からずっとはなさんのことは好きだったので、
(forestという個人サークルで出してた「flower.」というCDを当時のM3で買ってたくらいには)
今尚こうやって活躍されているのを目に出来るのは嬉しいことですね。

電気外祭り行ってCD買いてぇなぁちくせう。
(ここを書いていたときはまだ年明け前でした……)


ともあれここまでがOPです。


I Frühlingsbeginn

春の始まり、です。

精神的妹を名乗る美少女こと氷川里奈、
その友人、川内野優美が現れたりしつつ、美術部勧誘を手伝わされる直哉。
その合間合間で生徒会の明石姉妹や変態外国人のトーマスなども出始めて、
主要キャラ勢がコメディチックに描かれ、掘り下げられていきます。

藍先生のお姉さんぶってるけどどこか抜けているところ(寝起きのエピソード)とか、
真琴さんの山盛り炊き込みご飯の辺りなんかは個人的に楽しめて、
段々とエンジンがかかってきたような感じ。

けれども、真琴の美術部勧誘の仕方にはちと辟易してしまったところがあります。
彼女には大いなる目的があるらしいことは分かるのに、
それが何なのかわからない以上、どうしてそこまで手を尽くすのか見えてこないんですよ。
だから素直に応援しづらいんですよね。

いやまあ、こんな美少女が困っているならね、
私みたいな、いいかっこうしいのチョロ男だったらホイホイ手を貸すのは道理ですがね。
そういう話じゃないですからね。

更に言えば、空回りだったと結果的に真琴自身が述べていますが、
明らかに勧誘方法に手落ちがあったというか、
あれだけ頭いい描写の鳥谷さんらしくないのですよ。

去年、圭の女装やら直哉のルックス(遺産?)目当てで釣り上げた人達は皆、
結局美術部自体には興味がなくて去っているのに、同じ手法を取るっていうのはどうかなと。
デッサン会もそれに類するものですしね(物でなく対象が美少女 with メイドコスのため)。

無論、部員数に応じて多くの部費、予算がもらえるというのはわかるんですが、
この場合、真琴の目的を鑑みるに、予算よりも才能・実力といった個人の資質、
そうでなくとも、美術活動に興味がなきゃ意味ないでしょと思うのは素人考えなのでしょうか。

作中で言及されていたとはいえ、やはり、同じ過ちを行うのは真琴らしからぬと思いますね。
うん、不自然です。全然合理的じゃない。

また川内野優美に手渡していた勧誘用のビラ、
CGを見る限り文章のみで全く惹きつけるものがないんですよね。



仮にも美術部なら目を惹くイラスト、挿絵、レイアウトなりの工夫を散りばめるべきでしょう。
あの如何にもWordで作りましたみたいなビラが許されるのは文学系の部くらいではないでしょうか。

この辺りのちぐはぐ感からまだ完全には浸りきれていない私がいましたね。
とはいえ、ビラの内容は文章に限るといった規定があったかもしれないですけども。


II Abend

元部長である明石の奇怪な行動、それらに対する解答が示されるのが二章の醍醐味でしょう。
つまり二章は、『櫻達の足跡』の話だと言い切ってもよいのではないかと思います。

明石はあまりにいい加減な言動が目立ち過ぎたため、
これはわざとなんだろうなというのはひしひしと感じていたのですが、
秘めた本願に対する在り方は想像以上にストイックで、何より妹思いのいいお兄ちゃんで驚きました。

ただこれも、明石がどんな人物なのか、
直哉や真琴はわかっているから勘繰ったりあれこれ出来るんでしょうが、
こっちは手持ちの情報が不足していて、変人にしか映らないんですよね。

直哉と明石が手を組んで成した一連の事件(雫√の過去回想)の辺りを知っていたら、
あるいはそれに似たような、彼の本質が垣間見えるエピソードが明かされていたならば、
こいつはやるときはやるんだよなって思いながら見られたと思うのです。

先程から挙げているように、個人的にこの作品を手放しで絶賛できない理由は、
ここに根差しているふうに感じられます。
全体的に漂う、敢えて情報を隠す、後出しにする空気感、これではないかと。

あらゆる情報が目の前に提示されていて、その上で、
では、どうしてこんなことをしたのでしょうか?といった形式ではないんですよね。

実はこういうことが過去にあって、実はこの人物はこういうやつで、というような、
伏せていたカードを突然ひっくり返されてようやく納得いく感じ。

優美の台詞でわかりやすいものがあります。



「だいたい分かってるんです……。
 あなたは里奈や私との関係みたいな過去を、数え切れないぐらい持っているのでしょう……」

このとおり、メインキャラの多くと直哉は深い繋がりと言っていい過去を有しています。
勿論直哉は記憶喪失ではないので、全て覚えています。
しかしながら、私たちプレイヤーは知らないのです。
知らないから、話についていけないときがある。
なんで君たちはそんなに直哉くんに期待を寄せるのかね、
そんなにぞっこんなのかねと疑問に思ってしまう。

なんでもかんでも明かされていなければならないなどと暴言を吐くつもりはございません。
けれど、この作品はそういった節が極端に強く、些か目に余るのですよ。
もしかしたら二周目を前提に作っているのかもしれませんが、それはそれでなぁ……。


とまぁダメだしっぽいことばかりを並べてしまいましたが、
もうこれ以上、そんなにマイナスなことを書くつもりはありません。

話を戻します。

『櫻達の足跡』についてですが、この制作時の熱い雰囲気は素晴らしかったと思います。
明石には明石の理由があって、入念な下準備を行い、制作に着手し、実際に成し得たわけですが、
一人ではできる作業ではとてもなく、それを可能にしたのは、櫻の芸術家たる直哉。
彼の描いた『櫻日狂想』、また彼自身が放つ因果交流の光に魅せられた、美術部一同。



ここの部分は、第六章の真琴さんが熱く語ってくれていますね。



答え合わせみたいな感じでしたが、本人の言うとおり、楽しかったのでしょうし、
言われるまでもなく痛いほど楽しさが伝わってくる、いいシーンでした。

ああいう熱い見せ場を、しっかり盛り上げてみせる手腕は流石の一言。
出来上がった際には、うおおおおおみたいなキモイ唸り声が実際に出ちゃいましたもの。
それくらい、よかった。とてもとてもよかったです。


III Olympia


御桜稟√です。

簡単に概要でも。

六年前、不慮の事故により、御桜家の屋敷で火災が発生した。
逃げ遅れた御桜母親は、幼い稟を外に投げ、逃がす選択を取る。
(何階の高さからと明確には出てきてなかったように思う)
それを直接受け止めた直哉は右腕を酷く痛め、今までのような絵は描けなくなってしまう。
母親が亡くなったこと、直哉の右腕を損ねてしまったこと、
それらがあまりにショックだったのだろう、彼女は記憶を閉ざしてしまった。
母が死んでいるにもかかわらず、ただの人形を病弱な母親だと思い込み、世話をするようになった。
見かねた御桜父はその人形を隠してしまい、
稟は母(人形)の死に目に会わせない父親に恨みを抱くこととなる。
父親は屋敷が焼失したこともあり、離れた地で暮らし、稟が思い出さないよう手を尽くす。
直哉も直哉で、自身が描けなくなったことから稟が思い出す可能性を潰すため、
敢えて、描けないのではなく、描かないと言い張ることにした。
六年間送られ続けてきた手紙を無視し続けた理由も、そこに起因する。
全てを思い出した稟はその身を再び投げてしまおうとするも、間一髪、直哉が壊れた右手で繋ぎ止める。
そして、言う。
「だったら、お前が俺の手を掴め!」
「俺が掴めない! 俺が握れない! お前の手が! 俺の手を掴め!!」
「それが責任ってもんだろ!!」
「俺の右手を奪ったと思うのは勝手だ。そう思いたければ思うがいいさ!
だが、だったら責任を取れ!!」
稟は直哉の右手を取って、一緒に歩く未来を選び取る。


この√では稟の身に起きた過去、凛と凛の父との確執、直哉が描かなくなった理由等が、
徐々に紐解かれていくこととなります。
けれど、お分かりの通り、根底の才能や草薙健一郎の弟子であったこと等は、稟は忘れてしまったままです。
あくまで直哉の目から見た真実でしかないのです。

そのため、この√の稟は、過去のあれこれを克服したところで、
エロマンガ蒐集を趣味とする、ちょっとエッチな美少女女子高生といった存在でしかなく、少々パンチが弱いです。



吹の「忘れてしまったものは、忘れさられるべきものだったからこそ、忘れているのかもしれません……」
という台詞が全体を通して、マッチするように思われます。

何故なら、傍目から言って、この√の稟は幸せそうだからです。
想い人の直哉とこの先を歩んでいくのだろうから。

「へたくそな二人の絵だけど、だけどとても幸せそうだから」

これも吹の台詞ですね。
といいますか、締めに結論持ってきちゃっていますね。
これは少々蛇足かも。判断は読者に委ねてあげるべきかもしれません。
わざわざ言葉にしなくても十分伝わってきているのだから。
柔道の受け身なんかも、わざわざ後半タネ明かししなくてもよかったんじゃないかなと。
あの落下の描写だけで、ああ、受け身を身に付けたかってそういうことかって腑に落ちると思うのですよ。

ともあれ、幸せそうで何よりです。
あと、稟と稟の母親が同じ萌花ちょこさんという声優で感心致しました。
母親の声、場面が場面であまり堪能できはしなかったのですが、艶があってよかったです。

それと、個人的にオランピアとなると『ホフマン物語』より、『砂男』の印象が強いです。
そこに何か理由があったんでしょうか、私にはわからなかったです……。





また、母親の名であることや、
元は人形であることをギャグの中でそれとなく仄めかしていたのは面白かったです。
あとでこれはそういう意味か! と一人納得しました。




III ZYPRESSEN

氷川里奈√です。

この√はもう殆ど規定的な路線といいますか、
里奈の好感度が初っ端からMAXなので、あまり触れることがございません。
(好感度に関しては殆どのキャラに言えるのでしょうが)

伯奇と中村義貞の伝奇をなぞらえながら、里奈と川内野優美の過去、
そして櫻の芸術家こと草薙直哉との邂逅なんかが語られていきます。

ここで明かされるのは、里奈が過去に大病を患わっていたこと
(薬名から癌? 抗癌剤の副作用により光線過敏症になる?)、
その死の匂いに魅せられた優美は、段々と牙を抜かれオオカミではなくなっていったこと。
そして御桜家焼失事件後の直哉は、街のあちこちで落書きしては、
思うように描けず、藻掻き、足掻いていたこと。
そんな最中、里奈と優美の公園の出会いに出くわし、
自身の絵に里奈が糸杉の絵を描き足していたことにも気付く。
そこにリレーのように引き継ぎ直哉もまた重ねていった。



「こんな狂った嵐の夜なら――そうだな――そろそろ花をつけてもいい時期だと思ってな」
なんて厨二台詞を残しながら、彼は里奈の死臭を取り払った。
彼女は言う、弟子にしてくださいと。
けれど直哉は断り続けるものだから、では精神的妹と名乗りましょうということになった。

好感度MAXも頷けますね。
多感なお年頃のときに、文字通り、人生を塗りかえられてしまっては。

直哉は「お前のために最後の絵を捧げたんだよ。他の誰でもない」
なんて格好いい台詞を伝えています。
なんだよこれもうプロポーズみたいなもんじゃんかよかっけぇなくっそ!

「恋は片道だけでも成立するが、恋愛は片道だけでは成立しない」
とも残されていらっしゃいますが、この、見返りを求めない姿勢、
いや、本当は見返りを期待しているのだろうけど、例え見返りがなくとも恋に、愛に殉じようという姿勢、
それはとても美しいものですよね。
これはいいなって思いました。



この√の二人も、幸せそうですね。
これからも噛みしめていくんでしょうね。




III PicaPica

鳥谷真琴√です。


個人的に作中で一番惹かれたヒロインです。
キャラデザ、性格、声、どれをとってもいい。
それだけに一番印象に残ったシナリオでもあります。

真琴は唯一、直哉と過去に何もなかったキャラクターであり、
他のヒロインとは一線を画すというか、むしろ一線を画さないといったところでしょうか。

ですから、段々と惹かれ合い、恋仲になっていく過程が実に自然で、
他√よりも作品に没入していきやすい作りだと感じました。

真琴には直哉と夏目圭の二人を、さらに先へ押し上げていくという野望があった。
そのために美術部をよりよいものにしようとしていたし、
何より、直哉に絵を描かせようと躍起になっていた。
そこに校長(鳥谷紗希)と中村麗華のいざこざが関わってきて、
元は中村性であったことや、圭が弟であること等が明るみになっていく。
そして最終的には渾身の一作を制作するも、
彼女の願いは叶えられず、そこには愛だけが残った。

とある方が、鳥谷紗希もとい校長は、草薙健一郎を動かせなかったが、
最終的にあの壁画を、追い求める美を手にしている。
そして子の真琴も途中までは同じ道を辿っているが、それには失敗した。
と言及されており、なるほどと思いました。

確かに、草薙健一郎自体に強い関心があり、
他の誰よりも彼を騙そうとして騙せなかったことが彼女の口から語られます。

けれど、幼少の藍に語ってみせた、



「彼が見るものと、私が見るものは違う。
そして、私はその事に誇りを持っている……」
という台詞は、私にはただの強がりには思えなかったのですよ。
真摯な、実直な思いが吐露されたのではないか、と。

だとするならば、彼女は愛を得られない代わりに、
信ずる美を手に入れた、と言い切るには若干の抵抗を感じます。

個人的には、校長にとって、彼女の生涯そのものが、ひとつの作品なのではないか、
そしてそこに彼女の信ずる美が残ればそれでいい、と思っているのではないだろうか。

草薙健一郎とともに学び同じものを見ようと夢想したこと、それができなかったこと、
自分の子を守ろうとしたこと、中村家を排斥して校長としていること、
全てをひっくるめて、彼女は誇りを持っているんじゃないかなと。

まあこれは憶測の域を出ないでしょう。
手持ちの情報は十分とは言い難いと思いますし、
それに私の、こうだったらいいなぁっていう願望めいたものも多分に混ざっている気がしますので。


対して、鳥谷真琴です。
理知的な言動が散見され、絵が描けて、陶芸の才があり、
勉強もできるし、バイトもこなして生計を立てているというすごい女子高生です。
作中でも器用という言葉はやたら出てきますが、本人は器用貧乏と捉えているよう。
この時点でもう、ある程度、自身の才覚の限界を受け入れているふうに見受けられます。

結果、彼女は念願の月には手が届きませんでした。
直哉は絵を描かなかったし、圭は描き切ることが出来なかった。
あれだけ時間を費やして、身を粉にして全てを擲っても、それでも届かなかった。

この結果は、極めて現実的で、正解なのでしょう。
しかしながら、個人的な気持ちというか、単なる我儘を言わせてもらえれば、
報われて欲しかったと、ただひたすらに思います。

そうしてしまうと、整合性が失われますし、ご都合主義になってしまうのでしょうがね。
例えば、作品とは違うところで、真琴の愛情なりで未来の形が変容していったらとか……。
うーんやはり私的な希望ですね、これは。

しかしながら、違う√では『蝶を夢む』を実際に描いてみせた訳ですしね。
そうすると真琴の苦労は何だったの、無駄だったの、徒労だったの、と思ってしまいます。

何も賞を取って、世界的芸術家になってくれというのでもなく、
ただ描いて欲しいという想いに、何故直哉は応えてくれないんだ、と思ってしまうんですよね。
単純に真琴さん好きの意見で、中立性を欠いているのでここまでにしときます。

ともあれ、真琴さん可愛過ぎますね。
ただあの簪みたいな髪飾りって校則違反にならないのでしょうか?
伝統ある私立高となると結構キツイ気がするんですが、まあ可愛いから何でもいいんですけど。

あとはあれですよ、入学早々、美術部を笑顔で掃除する真琴さん。



直哉の『櫻日狂想』に惚れこんで、作者に会えるのを楽しみにしてるあの感じ。
すごくいいですよね!

後姿の立ち絵も最高だし、
圭を看病してるときに見せた姉の顔もよかった。





最後に、話が幾分ずれるのですが、
真琴がフェルナンド・ボテロの『猫』について触れていて、
そこの描写がすごくよかったなぁと。
(フェルディナンド・ボテロと作中では語られていましたが。「ディ」は誤りですかね?
美術関係には頗る疎いので判断がつかないのですが……)







なんというか、キャラクターが言わされているという感じがまるでなくて、
真琴自身の真摯な思いから出てきてる言葉のように感じられてすごくよかったです。

で、このアリスの庭と呼ばれる彫刻庭園がある美術館というのが、
調べたところ宮城県美術館のようなのです。

プライベートな話ですが、私、仕事の都合で仙台に来てもうそろそろ4年が経とうとしています。
これはもう行けってことじゃないかなと思うんですよね。

自転車で行けそうなくらいの距離なので、暇見て足を運んでこようかと思います。
幼少の真琴さんがぺちぺち触れたであろう猫を見るために。
(画像検索すると、本当に丸々としてて笑っちゃいます)




III A Nice Derangement of Epitaphs

夏目雫√です。

ですが、この√はどちらかというと、
草薙健一郎と草薙直哉の、親子の物語としての側面が強いと感じます。

健一郎の葬儀から始まるこの作品ですが、
その始まりまでの直近の出来事が描かれていることになります。

健一郎は、中村家の悲願として生まれた伯奇である雫を買い取るために(守るために)、
これまで金を稼ぎ続けたことを病床にて明かし、その役目を直哉に託す。
直哉は託された役目を果たすため、明石とフリードマンの手を借り、
中村章一に贋作を売りつけることに決める。
右手が思うように機能しない直哉は蔵で独自の装置を用いながら、
『櫻六相図』を完成させ、見事、雫を取り戻すことに成功する。

大まかな流れはこんな感じだと思うのですが、
まず気になる点として、伯奇の能力って、そんなに有用なのかなってのがあります。
能力の良し悪し如何にかかわらず、伯奇そのものが繁栄・成功の象徴なのかもしれませんが(座敷童的な)、
現実的な目線で考えると、どうしても、そこまでの価値はないように思えてくるんですよね。
それだけ今の中村家の目が曇っている、落ちぶれているということなのでしょうか。

また、唯一まともに機能していた思われる、稟の絵画の才能を呑む場面。
「母親をよみがえらせたいという夢」を呑み込んだというのは分かるのですが、
それで記憶と才能を丸々抜き取るっていうのは、都合が良過ぎるというか、
物語の要請に対して、キャラクターが動かされてしまった印象を受けます。

そもそも千年桜の共鳴といったものが、
どういったものにどのような影響を与えるのものなのか、明確に定義されてはいないようだったので、
どうとでも取れてしまうし、どうとでも結び付けられてしまう印象を抱きました。
伯奇の伝奇が根底にあるのなら、不遇故結ばれない二人に味方するだとか、
ある程度限定されたルールがあるべきだったのではないかと思います。

そんな雫の過去やらがあって、今の雫に繋がるのですが、
直哉が雫をちゃんと認識したのは、物語の始まる数カ月前くらいなのですよね。
思ったより存外関わりが薄く、直哉のあの如何にも旧知のような接し方からはやや違和感がありました。

また、稟に心を与えられたから、直哉への想いが強いという描写は、なるほどと思いましたが、
じゃあ雫ってなんなの、稟のコピーでしかないの、代替品なのって思ってしまう自分もいて、
ここは純粋に、雫から見た直哉だけで、直哉に惚れて欲しかったかもと思ったりもします。
ただ、これは私の好みの問題だと思うので強くは言えませんね。

正直、先にも述べましたが、この√は『櫻六相図』に纏わる、
草薙親子の物語に全てを持っていかれていると思います。

これまで練習こそ続けていたものの、ずっと作品を作らずにいた直哉が、
父の意志を継いで、『櫻六相図』を描き切る。
本人は贋作と言い張るものの、その作品を見た誰もが、そんなことは思いもしない。
それは健一郎も同じ。
だから彼はそこに自身の銘を刻む。墓碑銘として。



口ではなんやかんやと言いながらも、
心のどこかでは認め合っている描写が作中にはちらほらとあって、
そしてここで全てが結実するのですよ。

今作品でも屈指の名シーンではないでしょうか。
これは間違いなく直哉が一つの壁を乗り越えた瞬間であり、
それを齎したのは、父との訣別だったというのは、ドラマがありますよね。
健一郎が『横たわる櫻』を完成させたのが、直哉の母、水菜の死があったからというのも、
実に因縁めいていて、心揺さ振られるものがありました。


IV What is mind? No matter. What is matter? Never mind.

草薙健一郎の過去回想です。
中村水菜√とも取れます。

健一郎は病床に横になりながら、昔の教え子であった美術部顧問の若田先生に、
水菜との馴れ初め、中村家とのいざこざを語ってみせる。

夏目家の屋敷は伯奇を生み出すそうと、中村の血を色濃くするために、
妾の妾をつくっていた屋敷であった。
その妾の一人である水菜に出会った瞬間から好きになってしまった健一郎は、
彼女を救うべく、中村家に立ち向かう。
祖母の夏目琴子の力を借りて、オランピアの模写を十億で売りつけるも、
水菜が交渉の際、駆け引きを乱してしまったがため、交渉が拗れ、
健一郎と水菜は駆け落ち同然で姿をくらませる。
そんな昔話を訊かせた後、地球の裏側で買ったというウイスキーを開け、
若田と一緒に祝杯をあげる。

こちらは回想なので、あまり深く考えず読んでいました。
草薙家と中村家の抗争みたいな話は出ていたと思いますが、
それにしてはそこまで大きな事件ではなく、こじんまりな感がありました。
あくまで印象ですけどね。

水菜がどんな人物で、健一郎とどうあったのかがきっちり描かれていたのは、
知りたがりの性分としては個人的に喜ばしいことでした。



H2Oのはやみに似てますよね、立ち絵とか。

それだけに、母親としての水菜も見てみたかったなという気がします。
単純に対比としても興味深く、また、マザコンを自称する直哉の前では、
どんな顔をしていたのかなって。気になりますね。



あと、幼少期の藍先生可愛すぎませんかね。
もうあからさまに狙っててあざといくらいなんですが、だが、それがいい。



V The Happy Prince and Other Tales.

夏目藍√です。

この√がVIへ続くのだから、正史と捉えるべきなんでしょうね。

直哉は圭の望む、二人で世界的芸術家になろうという夢を、
最早約束とも呼べるものを叶えるため、ムーア展に照準を当て、制作を開始する。
その過程で長山香奈との語らいや稟の才能を受け継ぐ吹との勝負を経て、
直哉はついに渾身の一作、『蝶を夢む』を完成させる。
しかしながら、圭の『向日葵』がより評価され、受賞と相成る。

だけならまだ話は簡単だったのですが、突然の交通事故により圭が死亡。
そのショックにより雫は伯奇としての力が制御できなくなり、
吸い取った絵画の才能が稟の元へ戻り、稟が大賞を受賞するという運び。

急でしたよね、これは。
まさかこのタイミングで死亡事故かよって思ってしまいましたけど、
そういうことは確かに世の中ザラにあったりするものなので、
そのことには口が挟めません。

タイトルの通り、オスカー・ワイルドの『幸福の王子』が下地になっているようです。
直哉を王子とするなら、圭はツバメで、王子の頂きまで届こうと必死になっていたら、
死んでしまったというなんとも切ない話です。

直哉も直哉で、圭が謳う「二人で世界的芸術家になろう」という夢を、
実は胸の奥底で抱えていて、圭が待っていてくれていることに甘えていた。
けれど、自身の最高傑作は圭に届かないまま、まして見せることも出来ずに終わってしまった。

彼は、洩らす。
「俺は、俺は間違っていたのか!?」と。



稟を受け止めるとき、あるいはそれ以外のときに右手を使わなければよかったのか、
はたまた、稟のことは気にせず描くことを辞めなければよかったのか。
そうすれば待たせることはしなかった、と。

これらはタラレバ話であって、どうしようもないことなんでしょうが、
確かに直哉がそのような選択を取らなければ、違った未来になっていたかもしれません。
しかしながら、そのような状況で人に手を差し伸べないような普通の人間が、
果たして櫻の芸術家として存在できるでしょうか。
因果交流の光としてあられるものでしょうか。

結局のところ、私は無理だと思うんですよね。
直哉が直哉である以上、何度ループしてやり直すことになっても、
そのときが来たら、直哉は同じように助けてしまうんじゃないかなって思うんです。
そうでなくて、何が櫻の芸術家かって思いますからね。



VI 櫻の森の下を歩む

事が終わって、十年後。
直哉は弓張学院で美術の講師をしていた。
そんなある日、『櫻達の足跡』の上からラクガキをされる。
首謀者はあの長山香奈で、彼女は芸術家集団ブルバギという団体の主宰となっていたのである。
この行為は草薙健一郎越えを果たす意味合いがあるという。
(正直これは的外れな行為に思えてならないが)
とはいえ、父の遺作を、仲間と作った掛け替えのない作品をおいそれとそのままにはしておけない。
直哉はステンドグラスに見立てたセロハンを、日光を通して映し出し、上書きするという手法で守った。
また、藍と校長の取り決め通り、直哉は翌年度から正規の採用となることになる。

大まかにはこんな感じでしょうか。
かなり省いてしまってもいますが。体感では結構短めです。
サクサク進むのも大きいかもしれません。

この√で稟は世界的芸術家として活躍しており、世界を股にかけて仕事をしているといった感じです。
世間一般からすれば、世界的名誉を若くして手にした美女であり、
人生の勝ち組のようにしか見えないことでしょう。

しかしながら、プレイヤーからすれば、彼女は少しも幸せそうには見えないのです。
Olympiaのような姿とはまるで違う。
美の神様に呪われてしまっているかのよう。

それでも彼女が表舞台に立ち続け、第一線で活躍しているのは、
作中でも触れていたように、直哉の右腕への贖罪という側面と、
圭が亡くなったことから、圭の代わりに直哉という天才を引き上げようとしているからだと思われます。

まだ才能を失う前の幼き稟は、直哉と一緒に絵を描くことをとても楽しみにしていると雫に語ったこともあり、
それがひとつの支えとなっていても不思議はないのかなと解釈しています。

にも関わらず、直哉は弓張でしがない美術講師をしているというのも、
なかなか身につまされるものがありますね。

この十年、彼が全く何もしていなかった訳でもないのでしょうが、
特段作品の発表もせず、燻っていたような印象を受けました。
『蝶を夢む』のような作品が描けたのだから、圭の死を受け容れて、
彼の望んだ高みまで登っていくっていうのが、自然かなと思ったのですがね。

話が戻ってしまいますが、この稟は、「才能の奴隷」といった言葉が似合うと感じました。
『スパイラル〜推理の絆〜4 幸福の終わり、終りの幸福』という、スパイラルというマンガの小説版(その4巻)を、
私は中学生の頃から愛読していたのですが、そこにあった「才能の奴隷」という概念が合うかなぁと。

大きな舞台があって、その舞台は自分にしか務まらないとしたら、その者はどんな気持ちになるだろうか。
才能の使い道が選べない、嫌でもその舞台を務めなければならない、死ぬまで才能に縛られる。
それは「才能の奴隷」だ。自分の才能に人生を焼かれ続ける。何て哀れな存在だろう。

ちゃんとした引用ではないのですが(一部省きました)こういったことが作中に描かれており、
これは稟にも全部が全部でないにしろ、ところどころ当てはまるんじゃないかなと思うんですよね。

そしてそれは直哉も同じ。
あれだけの才がある以上、与えられた者はそれを全うしてみせなければならない。
才能が与えられなかった者の分まで、しっかりと。

これは才能がない側の僻みのようなものなんですが、でも、それを分かっていて尚、
翼ある者には空高く飛んでいて欲しいと思うんですよね。

『ましろのおと』という三味線を扱ったマンガでは、
凡人の音であることを受け容れるのに何年もかかったと洩らすキャラに、こんな台詞があります。

「才能ある」「天才」と謳われる奴が羨ましかったよ
だって そうだろう?
能力の奴隷になれるんだ

天才には天才の苦悩があるんでしょうが、ない者にはない者の苦悩があるんですよね。
鳥谷真琴の√でもそうだったように、届かない者には届かない世界が存在するのだと。
長山香奈が直哉にしきりに訴えていたことも思い返されますしね。
なんでまあ、天才と才能とが両想いでめでたしめでたしとはいかないのでしょうか。


他には、あの美の神様なり、直哉側の弱い神というのは、
学のない私にはいまいち理解しきれませんでした。

稟の言う美の神というのは、絶対的な、揺るぎのない強固な美そのもので、
変わらない尺度としてずっと横たわっているもの。
対して直哉の弱い神というのは、そこにあると信ずるならそこにあるもの。
夏目琴子が雫に対して心というものを説いた、あの話と同じ。
そこに心があると思うなら、そこに美があると思うなら、
そこには心があって、美がある。




というふうに私は考えたんですけど、大丈夫ですかね?
周りで『サクラノ詩』やってる人いなくてですね、まともに語らうこともできてないんですよ、これが。

そう言えば長山香奈や、VIの真琴もこんなふうに言ってましたよね。





「例外なんてあるもんですか! 私が信じたもんが正義よ! 私が信じたものなのだから、それでいいの!」
これも同義なんじゃないかなって個人的には思うんですよね。

で、触れてこなかったVIのヒロイン勢。
概ねみなさん可愛いですね。これは『サクラノ刻』が楽しみでなりません。



守りたい、この笑顔。

とりわけルリヲさんのチャラさと、川内野鈴奈の優等生感、どっちも好きです。
このコンビ、姉同士よりずっと好きなんですよね。
優美さんは正直別ゲームじゃねーかってくらいぶっ飛んだヒロインなのでね、はい。


あとは片貝さんかな。
直哉の最後の辺りもそうなんですが、彼らは今の私とかなり年齢が近いキャラクターなので、
色々と、言葉ひとつひとつが沁みてきます。








と、まあ結構書き込みましたわ。
ぶっちゃけ、プレイしてから更に日が経ってしまい、感想がちぐはぐで悔しいのですが、
取り敢えずネットに上げておきます。

そうすれば暇なときちらちら見て、ここ直そう、あそこ加筆しようとか出来そうですし。
このままPCの片隅に眠らせておくだけだと流石に書いた自分が報われない気がしますので。

てな訳で、あくまでプロトタイプだと思って頂けたら幸いです。
近い内、恐らく修正します。

ではでは。
| soemon | 02:06 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
Comment








Trackback

Calendar

    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>

Profile

熱烈応援中。

応援・作品個別的に

読書メーター

こちらから

twitter

Search

Entry

Comment

Archives

Category

Feed

Others

無料ブログ作成サービス JUGEM

Mobile

qrcode