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山内マリコ節に酔う
『買い物とわたし お伊勢丹より愛をこめて』

一回一回がほどよい文章量で、ページを捲る手を止める瞬間が掴めない珠玉のエッセイ集です。
山内マリコ先生の文章は笑っちゃうくらい読みやすくて、暑い日の素麺みたいにするするいけてしまう。
けれどもそれは決して、底が浅いからとか、そんな理由ではなくて、無駄な描写がなく洗練されているから。
くどさのくの字も見当たらない。

また、共感能力がとても高い御方だとお見受けします。
例えば無印良品。無印良品に対して一般人が持つブランドイメージ、
シンプルで使い勝手がいい、無個性であることが個性、けれどどこか物足りなさもある、
そんな印象をそのまま、文章に落とし込めている。
固有名詞のイメージを純度百パーセントで還元しながら文章を盛り立てて行ける。
その語感センスに私はすわ恐ろしさすら抱きます。

読んでいて、とにかく楽しいんですよね。
気取ったところがなく軽妙な筆致なのだけれども、
つるつる上滑りするのではなく、ちゃんとした深みと重みはきっちり存在していて。

だから今作の主軸であるお買い物、そしてそれを通しての生き方が活き活きと伝わってくる。
自分もそれ気になる、欲しい!と思わせてしまう。

ただライフスタイルダダ漏れで明け透けなだけの文章ではこうはならないと思います。
しっかりと地に足が着いた御方が、変に背伸びもせず肩肘張らずに、
ほどよい目線で、日々の暮らしを丁寧に紡がれているからこそ、
共感がそこかしこから湧いてくるのではないでしょうか。

特に20代・30代の女性には、より強い共感・シンパシーが得られるかと思いますので、
その年代の女性陣には是非お手に取って頂きたく存じます。


と、昨日深夜2:30に読み終えたエッセイ集の感想を簡単に書きました。
こういうのは直ぐに書いておかないと熱量を失ってしまうものですからね。


とはいえ、このエッセイ集に限らず、私は今、山内マリコ先生の文章にめっさハマっています。
駅前の書店で気紛れに小説すばるを立ち読み(そして流し読み)していたら、目に留まった文章が。
それが『あのこは貴族』という連載もの。

地元へ帰省した女性の心情の描写や、変わっていく地方への憐憫といったものが、
それはもうお上手で、こんな文章を書ける人がいるのか!と感心してすぐさま脳内にメモりました。
(買えよ)

家に帰って、R-18文学賞を受賞されていること、
大阪の芸大(映像学科)を出ていることなどの情報を抑えつつ、
デビュー作『ここは退屈迎えに来て』をAmazonでポチりました。





これがまた、すごく面白い。
ロードサイド文学などと呼ばれているらしいのですが、まあ私がここであれこれ並べ立てるよりも、
本を直に読んで生で摂取して欲しいなぁと思ってしまいます。

今でこそ仙台市におりますが、私は生まれも育ちも東京です(23区ではない)。
そんな私が何故、この地方に不満を抱き、けれどもそこから抜け出せない女性の小説を味わえるのかと言えば、
それは両親の実家が宮城県で、幼少期から夏休みや冬休みの殆どを宮城県で過ごしていたからでしょう。
それも仙台のような都会ではなく、旧田尻町だったり、石巻の外れだったりと辺鄙な田舎でしたから。

作者は富山県の出身だそうですから、
私の抱くそれと寸分狂いがないなんてことはありえないのでしょうけど、
どの地方にも共通項としてあがる原風景や問題が、
女性らしい感性と眼差しの文章から具に立ち表れてくるため、深く感じ入ることができるのだと思います。

これはね、読んでおいて間違いはないと推せますよ。
実際、最近は読書の話題になったとき、山内マリコ先生の名ばかり出してますもの。

でも残念ながら殆どの方がご存知でない。
惜しい。惜し過ぎる。
勿体ない!


この前、4月頭に所用で上京した際、大学の同期とご飯をご一緒しました。
彼は私なんかより遥かに読書家で、いつも己の浅学菲才さを思い知らされるのですが、
そんな彼に山内マリコ先生の話題を振ったら、案の定、読み込んでいて、
お互いの思うところをそれぞれ語ることが出来、それはもう有意義な時間でした(少なくとも私的には)。

彼は『パリ行ったことないの』のタイトルを褒めていたと記憶しています。
確かに胸に刺さる、ストレートさがありますよね。



ただ、そのとき私はまだ、
『ここは退屈迎えに来て』を新幹線で読みかけていたんだか読み終えたばかりだったかの辺りで、
他の作品は読み込めていなかったので、彼には申し訳ないことをしてしまったなと思っています。
次会うときまではもう少し読み込んでいたいですね。

文庫本になっていた『アズミ・ハルコは行方不明』は読了。
単行本の『かわいい結婚』『パリ行ったことないの』『さみしくなったら名前を呼んで』は、
先週近くの本屋でそれぞれ初版で置いてあり、高いなと躊躇いつつ、
結局一気買いしました(3冊で5,000円近かった……)。



読み終わったら、また感想書けたらいいなと思います。
もう日付が変わってしまいましたね。
明日はお仕事、うぅ。

ゴールデンウィークも終わり、祝日は海の日までお預けですか。
5月病を治す特効薬、誰か作ってくれませんかね?
たぶんノーベル賞もらえるよ。

 
| soemon | 00:31 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
『舟を編む』感想

お久しぶりでございます。
久々に何かしたためようと思い立ったのは、今更ながら『舟を編む』を読んだからです。
この熱量が冷めないうち、形に留めておきたく、筆を執ってみました。
お付き合い下さると嬉しいです。


あらすじ。(光文社HP引用 http://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334927769


 言葉への敬意、不完全な人間たちへの愛おしさを
 謳いあげる三浦しをん最新長編小説。
 
 【辞書】言葉という大海原を航海するための船。
 【辞書編集部】言葉の海を照らす灯台の明かり。
 【辞書編集者】普通の人間。食べて、泣いて、笑って、恋をして。
 ただ少し人より言葉の海で遊ぶのがすきなだけ。
 
 玄武書房に勤める馬締光也。
 営業部では変人として持て余されていたが、
 人とは違う視点で言葉を捉える馬締は、
 辞書編集部に迎えられる。新しい辞書『大渡海』を編む仲間として。
 
 定年間近のベテラン編集者、日本語研究に人生を捧げる老学者、
 徐々に辞書に愛情を持ち始めるチャラ男、そして出会った運命の女性。
 
 個性的な面々の中で、馬締は辞書の世界に没頭する。
 言葉という絆を得て、彼らの人生が優しく編み上げられていく――。
 
 しかし、問題が山積みの辞書編集部。果たして『大渡海』は完成するのか――。




読むに至った経緯はついったーに昨日記しましたので、そのまま引用します。
楽ちんなので。

書店でマンガとラノベを買い求めようとした。前者は見つからず、後者は手に取れた。目的が一巡したのでうろうろしていたら、本屋大賞の特設コーナーに出くわした。そういえば決まったんだっけね。眺めていると昨年の大賞「舟を編む」も並んでいた。気になっていた。手に取った。冒頭を読んだ。買った。

その足で行きつけの中華屋に行き、マーボー飯と杏仁豆腐を頼んだ。どれだけ豆腐好きなの俺!と内心セルフ突っ込みを入れるも、どちらも美味だった。帰り道にスーパー寄って食糧を確保し、帰宅。「舟を編む」を没頭して読んだ。今読み終わった。泣きながら読み終えた。面白かった。すごく面白かった。

「横道世之介」の映画が始まる前の予告で「舟を編む」があり、辞書作りか、面白そうとずっと気になってはいた、いたのだけども、読まずじまいだった。
(↓これのことです)

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=0kwCc-1o1lc


まあざっとこんな感じですよ。
知っていたのは新しいを辞書を編む、そういう話だってことくらいでした。

実際に手にとって冒頭にふれ、これはいいと思い、迷わずそのままレジへ向かいました。
というのも、言葉に、というか日本語に不思議さ、面白さ、美しさを見出しているひとたちが集まっている作品だと感じられたからです。

私も、一応日本文学科に籍を置き学士となった身ですからね、日本語が好きなんです。
だから、心惹かれたのでしょう。

軽快でユーモラスな文章を読み進めていくと、個性の強い人物が次から次へと。
辞書を編むという行為を起点に、多様な人物が集まり力を尽くしていく。
その過程がとても面白かったです。

ここで大事なのは、辞書を作ることだけではなく、それらを取り巻く人々の在り方、生き方までが描かれている点です。
人生の殆どを辞書に捧げた人たちや、それを支えてきた人。
それを引き継ぐ人、その人をまた支える人。
その人たちにも人生があって、日常を過ごしている。
そういう人たちが時間をかけて作っているんだってことが、この本を読むと伝わってくるのです。

ただ「辞書はこうやって作られるんだよ」といった工場見学レポートみたいな作品ではないのです。
辞書を編みこんでいく間にも、主人公は恋をしたり、会社の都合に振り回されたりもします。


また一番よかったのは、辞書作りの才能を発揮し始める主人公に嫉妬する同僚です。
最初は不真面目で、でもだんだんと辞書作りに愛着が湧いてきた頃、異動を命じられる。
そんな彼を救ったのは主人公のとある一言でした。
その場面はすごくすごく印象深かった。

世の中は主人公だけを中心に世界が回っているわけではなく、
ひとりひとりに人生があり、そしてそれは唯一無二のものです。
誰もが知っている、あたりまえのことです。

でもそれをちゃんと書くのってすごく難しい。
一人の視点から紡がれる物語は矛盾も起きにくく、明瞭で分かりやすい。
それだけに、一方通行的で、視野が狭まる可能性も多い(上手い人はそれを全く感じさせませんが)。

対して多角的に捉え、複数人の人生を描き切りながらひとつにまとめるってのは難しい。
少なくとも私はそう考えていて、だからこそ、それが成り立っている作品には感銘を受けるのだと思います。

同僚の彼にも同じだけの時が流れていて、その中に苦労や挫折や救いや成長があった。
隙がない、と感じました。


勿論、辞書作りの過程も、その場面を想起させるに足る丁寧な言葉選びで、よかったです。
どうよかったのかは是非読んで感じ取って欲しいと思います。

ただひとつ取り上げるならば、これも既についったーで書いてしまったことで重複になるのですが、
製紙会社の人との、辞書に用いる用紙に関してのやりとりが面白かったです。

というのも、私の大学の同期が製紙会社に就職し、そこでの営業話をあれこれ語ってくれていたからです。
それと作中内容が結びついて、個人的に面白かったのです。
まあ友人は板紙の会社で、作中では洋紙、特殊紙といった違いはあったのですが。


てな感じで、思いついた言葉をダラダラ並べるだけの、
いつも通りとりとめのない感想で恐縮ですが、概ね思いの丈を吐き出せたかなと思います。

ただ、最後に苦言を少々。
先にも挙げた「救われた」といった単語が作中に確かに使われてしまっていることが、
個人的には少し気になるというか、ひっかかるというか。

それは、こういった言葉を明確に残してしまうと、それが正解そのものになってしまい、
想像する奥行きを失ってしまうと思うからです。
それは、読者の判断に委ねることじゃないのかなって。

文章から、あるいは行間から、人物の心情を読み取って、汲み取って、推測して、
ああ、この人物はたぶんきっとこの瞬間救われたんだろうな、報われたんだろうなというふうになるのが望ましいと私は思います。
人によっては「救い」以外の言葉、表現、感情を見出すことになるはずですから。

つまり、作者がその登場人物の心情を胸の内で規定するのは自由だと思いますが、
それを読者に強いるのは違うのではないでしょうか? そんな感じですかね。

あくまで私見でしかありませんし、正しいのかすらわからないので、
この辺りは色んな人に投げかけてみて、意見を伺いたいと思います。


ともあれ、素敵な作品にはまず間違いなく、
とりわけ日本文学、国文学にわざわざ進学したような人にとってはより楽しめる作品だと思いますので、
この場でお薦めしておきたいなと思います。是非是非。


P.S.
本を読んだ次の日(というか本日)映画を観てきましたが、
こちらの感想はもう面倒なのと眠くなってきたので、ついったーで代用させて下さい↓

https://twitter.com/soemon

映画に関して数回しかつぶやいていませんが、折りを見て思いついたことを述べるかもしれませんので。


こんな駄文に、ここまでお付き合い下さり誠にありがとうございました。
感謝申し上げます。それでは。

| soemon | 23:46 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
「ゴールデンタイム 1 春にしてブラックアウト」感想。


「ゴールデンタイム 1 春にしてブラックアウト」感想。

竹宮ゆゆこさんの最新作。
手を付けたと思ったら、その日の内に読み終えてしまいました。

色んなところで絶賛されていますが、
個人的にはこのお方の纏めが丁寧で分かりやすいかなと思っています。

概ね、上記のサイトにある感想を眺めてもらえばどういった内容かは理解して頂けると思います。
ですので、僕は、僕自身の感想をしたためようかなと。
少し被るところがあるかもしれませんが、それはそれでご容赦ください。


あらすじを眺めて最初に思ったのは、
また超絶美少女キャラがヒロインなのね、でした。

それ自体に異論がある訳ではありません。
竹宮さんの書く女の子の描写は、とても細やかで丁寧で、真に迫るものがありますし。
服装やメイク等のファッションに関しては、流石女性だなと感心させられますしね。
その上、主人公が男でもちゃんと男の心情を上手に描けているから脱帽なんですが。

ただ、そっかーと思っただけです。

実際に読んでて見えて来た構図は、
「とらドラ スピンオフ2! 虎、肥ゆる秋」における、
春田と美大生との関係だった気がします。

美人なあの人には想い人がいるけれど、
傍らにいて、支えてあげるようなポジションがなんとなく。

ひたむきに頑張っている人の姿を間近で見ていたら、
そりゃあ惹かれていくものもあるでしょうし。


ただ、個人的に引っ掛かったのは、香子が完全体と称した状態ですね。
幾ら本人を前にすると上手く行かなくなるにしても、ああいう感じにはならないような……。
とらドラ!の大河みたいにあがっちゃうくらいならよく分かりますが、
ああも豹変しますかね、ちょい疑問。

恋敵の靴を想い人の目の前で踏んで威圧はしねーよ……
なんて思っちゃったのは僕だけでしょうか。

あとは、名簿を燃やすシーン等における、お嬢様離れしたスキル。
ここら辺は今後なんらかの形で回収されるのかなと期待。
意外と庶民の味も好んでいたり、人(主人公の境遇とか)を慮ることが出来たり、
おまけんに恩義を感じていたりと光央さえ絡まなければいい子っぽいんですよね、香子。

つーかうん、いいよーもう付き合っちゃえよ、お前らさー。
続刊ではもうろべろべなデートでもしてろよ、くそ! くそ!

とかなんとか思っていたら、リンダ先輩との繋がりが浮上してきて、
意味深長な展開で1巻が終わってしまいました。

何これヤバい続きが超気になるYO!!


閑話休題。 

脈略なく好き勝手書いてきましたが、今回一番惹かれたのは、
「美人だったら自動的に好きになれるのかよなわけねえだろ」って光央が言った部分です。

今回もまた超絶美少女キャラがヒロインなのね、なんて思っていた己が恥ずかしいです。
竹宮さんの作品には確かに美少女が出てくることが多いのですが、
それだけで惹かれて恋仲になるって過程は存在しないんですよね、たぶん。

たまたま好きになった人が美少女だっただけ。
ていうのは言い過ぎかもしれませんが、ちゃんと相手を見て、見つめて、
そして好きになっていくという流れが、
読者にちゃんと伝わるような描き方をしているなと常々思うのです。
いい。

あっと美少女美少女と連呼してましたが、
香子は基本的に美人と表記されてますね(見落としあるかもですが)。
大河や亜美ちゃんは美少女とされていたはずなので、
この区分は単純に女子高生と女子大生の違いでしょうか?

それとも香子は見た目年齢がちょい上なのかな? 
亜美と大して立ち位置変わんなそうに思うのですけど。


他に思うところとしては、大学生活の描写が巧いこと。
大学に関して特に具体的なモデルはないとあとがきで記されていますが、
どうしたって、自身が過ごした大学をモデルにするんじゃないかなーと想像。

大学構内の様子や、授業中の雰囲気、入学式の不安やら期待感やら、熱烈なサークル勧誘、
どれを取っても現役大学生の身の上としてはあるあるで、
「ほへー」とアホ面で感嘆の声を洩らしてしまうほど。

これは大学行ってないと書けない文章だと思います。
もし仮に行かずして書いてたら凄過ぎて泣けてきます、たぶん。


なんであれ、大変楽しく読めましたので、続刊に期待しています。
主人公の過去なんかが早く明かされて欲しいなぁ。
先行き不透明過ぎてね、気になりますね、本当。

| soemon | 02:25 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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